日々の日常がつまらないと感じる正体

コロナが蔓延る今日、約一年前からリモートや自粛など家にいることが多くなり、今まで手を付けていなかった本やゲームをこれ機にやりこんだ人が多いことでしょう。そして今「コロナのせいで旅行もいけないし、つまらない」や「読みたい本もやりたいゲームも全部やったし、つまらなすぎて草」などをいう人が今この時あふれていることでしょう。実際私の周りにも多くの友人や同僚も同じことをこぼしている。
だが、それらを聞くたびに私は「じゃあ、今までやってこなかったことをやってみれば?投資とか、この本とかおすすめだよ!」と言うと決まって難しい顔をされるのである。この時他人は何かについてあんまり考えてないことに気づきました。つまりは今楽しければ良いということである。しかし、それこそが日常がつまらないと感じる正体であり、もっとも恐ろしいことでもあるのを発信したい。
では、なぜ「今楽しければ大丈夫」がつまらないと感じさせ、かつ恐ろしいのかを私なりの考えを述べていきたい。
①想像力をなくさせる
子供のころ、何事も新鮮であり、興味が湧き出ていたと皆あったと思う。それは今の子供でも変わらないのだが、成長していくにつれ、知識が増えていくとともに結果や物事に対して考える時間も減っていく。そうして、新しい何かが出てきても「どうせ、こうなる」やそもそも興味がないと感じてしまい、既存の物ごとで代用してしまう。それをあたかも正しいかのように次世代の子供に言い聞かせ、可能性を奪っていくのである。それを防ぐには日ごろから常に思考を止めず、たとえ結果が分かり切ったものだとしても、新たな可能性について向き合い、吟味していくことで違った世界がそこには広がっているのである。しかもそれは考え付いた人にしか見えない世界で無二のものである。たとえその人から解説を受けたとしても、まったく同じ世界が見えるとは限らない。
②読書
情報社会の今、本にのみならずインターネット、動画、映画、音楽などが無料で楽しめるこの時代。私はそれでもあえて本をお勧めしたいのである。以前私も本なんて止まった情報、その時はいいかも知れないけどずっと役に立つわけじゃない。と考え、インターネットや動画を情報源にしていました。もちろんそれが悪いことではないし、人によってはそっちの方がむしろいいのでさえある。しかし、何年か越しに格言の本を読んだ時、膨大な情報に驚いたのだ。確かにインターネットや動画は知りたい情報だけを切り取り、知れるがそれ以外のことを知るのは難しいのである。想像してみてほしい、例えばGucciのカバンを調べた時、確かにGucciの新作から限定品、発売日や色など細かく知ることができるが他社のものを知るのはその開いたページやリンクでは難しいのである。しかし、ブランド品の本であればGucciのみならず様々なブランド品をさらに選び抜いて教えてくれるのだ*本にもよるのは認めます。
ここで何が言いたいのか言うと、情報を知る手段としてインターネットのみ頼るのは些か軽卒であり、それこそ氷山の一角のさらに一角しか知ることができないということ。
とりあえず以上2点を生活に取り入れるだけでも、コロナで窮屈になってしまった今の生活がより色鮮やかになると思います。
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